パートナーとの関係性(カップル関係)とはどういったものなのでしょうか? ここでは,よくある5つの質問にお答えする形で,カップル関係の基本的なことについて解説していきます。
私たち人間は誰もが生まれながらに他者を必要とする生き物だとされています。実際,仲間やパートナーと切り離された感覚である“孤独感”を抱えると,私たち人間の心身は大きな不調を抱えるようになります。なかでも,パートナーとの関係性は私たちに特に大きな影響を与え,パートナーとの関係性が良好であるほど,心身の健康は保たれ,より幸福になります。一方。パートナーとの関係性が悪化してくると,私たちの身体症状や精神障害のリスクが高まることが多くの研究から指摘されています。加えて,子供をもつカップル(夫婦)の場合,二人の関係性の不和はさまざまな形で,子供に対し,心理的,身体的,また行動的な苦痛を与えることがとてもよく知られています。
こうした実際的な意味で,私たちにとってパートナーとの関係性はとても重要なものだといえます。ただし,私たち人間にとっては,パートナーとの関係性とは,単に私たち(や子供たち)の心身の健康を保つための手段ではありません。古くから,また世界中で,音楽や文学といった芸術作品のモチーフにもしばしばとりあげられてきたように,また,哲学や思想においても主張されてきたように,親密な誰かとの関係性はそれ自体で私たちにとって意味や価値があるといえるでしょう。
当初はとても良好だった二人の関係が,時を経るなかでなんだかうまくいかなくなってしまうことは,とてもよくある自然なことです。数年~10年といった長期にわたる縦断調査の結果からも,カップル関係の質は時系列でみると低下傾向にあることが知られています。また,日本では夫婦のおよそ1/3組が離婚にいたると推定されていて,結婚を選択したパートナーたちにとっても“離婚”は一般的な選択肢の一つです。
“パートナーと別れる(離婚や破局)”という選択は必ずしも悪いことではなく,むしろ,それこそがお互いにとって最善の選択である場合もしばしばあります。しかし,互いに共に生きていたかった最愛のパートナー同士でありながらも,二人が別れざるを得ない状況に追い込まれたのだとしたら,それは,いずれのパートナーにとっても不幸な結末でもあるといえそうです。興味深い研究知見として,関係を維持し,かつ幸福なカップルであっても,その多くは解決不能な課題を抱えているとされています。現在,お二人の間に解決困難な課題があったとしても,それもまたとても自然なことであり,そして,そのことは必ずしもお二人の関係が不幸な結果になることを意味してはいないのです。
これまでに多くの研究から,末長く健康的で幸せな関係性を育んでいけるカップルと,激しい苦悩に苛まれたり,破局に向かってゆく関係性には,いくつかの違いがあることがわかっています。「追求-撤退パターン」とは,うまくいかないカップルが示す典型的なコミュニケーション・パターンの特徴です。追求-撤退パターンでは,パートナーの一方が相手に批判的に振る舞うといった“追う側(追求)”,もう一方が相手と向き合うことを避けるといった“引き下がる側(撤退)”というように,それぞれはそれぞれの役割を演じるように振る舞います。こうしたコミュニケーション・パターンは必ずしも問題とはなりません。ただし,しばしば,パートナーたちはこのループから抜け出せなくなったり,二人の攻防をエスカレートさせてしまったりすることで関係性の苦痛や葛藤を大きくしてしまうのです。
追求-撤退パターンのような葛藤的な相互作用パターンには,一旦それが始まってしまうとパートナーたち捕らえ,そのパターンから抜け出しにくくする特徴があります。パートナーの一方が示す“追求”はもう一方の“撤退”を引き起こし,そうして発生した“撤退”はパートナーのさらなる“追求”を引き起こしていきます。二人のパートナーたちの反応の仕方は,互いに固く結び付けられていて,お互いの反応がお互いの反応を刺激し合うことで終わりの見えない二人のサイクルへと導くのです。
こうした二人のパートナーたちの間で起こるコミュニケーションのサイクルは,あたかもそれ自体で“意思を持ったひとつの生き物”のようでもあります。このサイクルは,パートナーたちの想いや意図とは無関係に,勝手に現れては二人の関係性を引っ掻き回してしまうでしょう。加えて,こうしたサイクルは,しばしば,一つの“癖”のようでもあり,気がつけば二人を“お決まりのパターン”へと引き込んでいきます。
ここには重要なポイントがあります。こうした葛藤的なパターンが二人の間で起こってしまうのは,二人の相性が悪いからとか,二人がお互いを大切に思っていないから,というわけではないのです。パートナーたちはお互いとの関係を特別な関係だと思えばこそ,こうした葛藤を引き起こすものです。大切なパートナーとの関係性においてこそ,私たちは繊細で傷つきやすくなり,結果的に,攻撃的に追求したり,脅威から距離を置こうと無感覚になったりします。親密な関係性とは“ビジネス・ライク”にはいかないのです。
現在,北米ではカップルセラピーに参加することで多くのカップルがその関係性を改善できるということが,多くの実証研究から示されています。国内では私たちの研究チームで開発した「文脈的カップルセラピー(Contextual Couples Therapy; CCT)」の有効性が小規模ですがいくつかの研究によって支持されています。効果的なプログラムに参加することで,お二人にはお互いとの関係性をより健康的で豊かなものへと育んでゆける可能性があります。
参考文献